第3話「魔法とは」

太陽が雲より高く昇り、ようやく空の青が街を覆う。

開けた道には木漏れ日が射し、冴えた緑が眩しく広がる。

魔力を孕んだ風は木々にぶつかり、砕け、若者達の期待と不安に満ちた雰囲気と程よく交わっていた。

談笑するもの、歌う者、瞳をそこかしこに向ける者。

整然と並んだ敷石の道の上に、人間、魔族、獣人、あらゆる人々があらゆる文化様式の衣装を纏ってたむろしている。

魔法学園の細工鉄の門を潜った先のその光景に、リファリエールは心踊った。

「まったくもう……本当、信じられない!」

しかし、リファリエールの傍で項垂れるミージュの声色は実に不愉快そうであり。

隣の少女の気分に水を差す様な自らの態度にミージュは嫌気が差しつつも、その腰から垂れる尻尾は依然として逆立ったままであった。

「やっぱりミージュは学校に通うのは嫌……?」

リファリエールの遠慮がちな金の瞳にミージュは深呼吸する。

断じてこの少女に非があるわけではない。

「うーん、嫌。というか……」

かといって、この魔法学園に非があるわけでもない。

そう、非があるとすれば自分が知らぬ間に魔法学園への入学を取り決めた父親だ。

背にした細工鉄の門の向こう側の馴染みの店や人々に想いを馳せ、移り変わりつつある自らの日常にミージュは目眩を覚える。

「学校とか言われても突然すぎるというか……」

ミージュは改めて魔法とやらについて思考を巡らす。

知っている事は幾つもなかった。

例えば魔力で光を灯したり、水を生成したり。

他には魔法使いが何事かを呟いて物を浮かばせたり、扉を開いたり。

いずれも、この世界にとってあまりに当たり前の事ばかりで知識と呼べる代物ではない。

「私は魔法の事なんて全然わからないし」

白い敷石に不揃いな四つの靴音が響く。

リファリエールとミージュは真っ直ぐに伸びる道の先に見える巨大な魔樹と流麗な城の如き建築を目指して早歩きで進んでいく。

「でも、わたしはミージュと一緒に勉強できる事、嬉しいよ」

「そ、そう……?」

「うん。だから、一緒に!」

こんな風に日常が変わる事もあるのかもしれない。

特に大きな決意や覚悟を伴う事もなく、少しのきっかけや、気まぐれで十分なのかもしれない。

出会ったばかりの煌めく金髪に、見慣れたはずの眼前の巨大な魔樹に、ミージュはそんな事を思うのであった。

一歩近づくごとに建物は大きくなっていき、遂に視界に収まりきらなくなった所でリファリエール達は立ち止まり、その厳かなる学舎を仰ぎ見た。

「ここが、ティリスヴァーナ魔法学園……」

「おぉ……こんな近くで見たのは初めてかも」

巨大な樹洞に佇むその建造物の随所には見事な彫刻が施され、上空の魔樹の枝を目指す様に伸びる幾つもの尖塔はそれが落とす影すら芸術の様に思わせる。

二人の少女はしばらくの間、揃って惚ける様に立ち尽くした。

そんな魔樹と建築が織り成したひと時であったが、どこか甘ったるい声が二人を現実に引き戻す。

「あら?ミージュ?ミージュじゃない?」

「わ!びっくりした!ミザリー、久しぶり!」

「ついこの前会ったけどね。まさかまさか、ミージュもティリスヴァーナに?」

どうやら、声を掛けて来た少女はミージュの友人らしかった。

その全身は輝く薄緑の鱗に覆われており、大きく丸い瞳は宝玉を思わせた。

花柄のスカートから続く尻尾はしなやかに揺れている。

リファリエールにとって彼女は自身と全く異なる姿の種族であり、その美の要点については分かり得なかったが、とにかく愛らしく垢抜けた人物である事を肌で感じ取った。

「そのまさか。なんかお父さんが勝手に入学決めちゃっててさぁ……」

「うちもパパが行けって。ワタシはまぁ、楽しみにしてたけどね!」

「ミザリー、魔法なんて勉強してたっけ?」

「んー?あんまり?でもでも、これから勉強するし!あ、基本は教わったよ基本は」

弾む様な友人同士の会話というものを傍目に見るのは何度目だろう。

おそらく数える程しかなかったリファリエールはどんどん進む二人の会話に聞き耳を立てる事に精一杯であった。

「ところでミージュ!その子は!?」

リファリエールはミージュの肩越しの宝玉の瞳に目を合わすと小さく微笑んだ。

「えー!かわいいー!あ、ワタシはミザリー!仲良くしてね!」

「はじめまして、リファリエールと申します。どうぞお見知り置きください」

姿勢を低くして挨拶をしてみせたリファリエールにミザリーと名乗った少女は小さく歓声を上げた。

「きゃー!もしかしてロニクシア王国の貴族様!?すごいすごい!」

「え?ミザリーなんで分かるの?」

「だってだって!こんな上品な挨拶する人は王国貴族しか居ないし!え?というか本当に貴族!?」

あまりに大それた身の上だ。白昼にする話でも無く、なんと答えるべきか考えあぐねるミージュであったが、どうやらミザリーにとっては会話の勢いに優先する程、どうしても答えが欲しい話題という訳でもなさそうであった。

「まぁ、いいや!とにかくよろしくねー!あ、そうだミージュ!今度さ、観劇に行こうと思うんだけど一緒にどう?」

ミザリーの口から矢継ぎ早に繰り出される様々な話題に同じ速度で話を返していくミージュの流暢な会話。

城育ちの少女にとってそれは不慣れな雰囲気ではあったが、どこか心地よく、リファリエールは一歩引いて再び聞き耳を立てる事にした。

しかし、二人の会話の隣で辺りを見回すリファリエールの視界に何かが飛び込んだ気がした。

「あれ?今何か……」

決して見間違えなどではない。

校舎の正面に並ぶ太い列柱の内の一つの脇、黄金に輝く小さなそれとリファリエールは視線を交えた。

「生き物……?」

図鑑ならば城の蔵書を夢中になって読み耽っていた筈だが、その生き物らしきものについて知る所は一切無かった。

誘われる様に、足音を消してゆっくりと。

自ら光を放っているそれは四肢と長い耳を持ち、座り込んでこちらを静かに伺っている様に見えた。

一歩、一歩、しかし次の一歩。

「あっ!」

瞬時に姿勢を変え、小さな生物は昇降口を潜って建物の中に走り去ってしまう。

神秘的なまでの姿の生物。

リファリエールがミージュ達を一瞥すると、まだ二人は会話を楽しんでいる様である。

少しの逡巡の後、リファリエールは黄金の生物を追って校舎に足を踏み入れた。

石造りの幅の広い廊下に、窓から射し込んだ光が等間隔にいくつもの幾何学模様を描く。

計算され尽くした、高い弓型の天井の空間に満ちる空気はどこか冷たい気がした。

ともすれば自身が生まれ育った城に近い部分もあるが、その様式はまるで異なる。

リファリエールはその建物の気迫に呑まれぬ様にと、いつも以上に幼い頃より身に付けた粛然とした振る舞いで廊下を進む。

「どこに行っちゃったんだろう?」

その問い掛けに黄金の生物が応える筈もなく、反響した自身の声だけが耳に届いた。

そして、言葉を発さなければ、他に聞こえる音は自らの足音くらいであり、リファリエールは世界で自分一人だけになった様な錯覚を覚える。

建物の意匠を見回しながら、黄金の光を探す。

目線はあちらこちらへ、足を運ぶ先はそれに合わせて。

「どうしよう……迷子になっちゃった」

珍しい生き物を追い掛けて道に迷い、肝心の生き物も見失ってしまうとはどうしたものか。「なんだか同じ様な場所を歩いてる気がするし……」

そして、リファリエールは来た道すら分からなくなっていた。

城塞か迷宮か。

設計者の意図は分からなかったが、どうやらティリスヴァーナ魔法学園の校舎は適当に歩くだけでは何度も同じ場所に辿り着く様に造られているらしく、どうにも埒があかない。

立ち止まり、歩いて来た道を振り返る。

そこには長い廊下が静かに佇み、その遠く、中央には小さな金色の光が見えた。

「あ……!」

リファリエールは遂に見つけた謎の生物に早足で駆け寄る。

しかし、それがいた筈の場所に辿り着いた時、一瞬前まで見えていた筈の光は既に無く、いよいよリファリエールは自分が幻を見たのではないかと疑うのであった。

「不思議……」

再び立ち尽くした少女の金髪には柔らかな光が射していた。

横を向けば、明かり窓を備えた一つの扉。

その窓から射した光は自然光であり、少なくともこの先は外界に続いている筈であった。

このまま歩いていても、また同じ場所を歩き続ける羽目になるかもしれない。

リファリエールは意を決して、くすんだ金色の取手を掴み、押し開いた。

「中庭……かな?」

そこは、全方位を高い壁面に囲まれた小さな園。

空を見上げれば巨大な魔樹の枝葉を潜り抜けた木漏れ日が無数の星の様に燦然と輝いている。

若い木と色とりどりの草花の中に点々と置かれた木製の椅子は歴史を感じさせたが、決して朽ちる事なくその暖かな風合いだけを示していた。

迷っていた事すら忘れて、リファリエールは芝生の上を進んでいく。

中庭の中央の静かな噴水に鎮座するのは石で象られた少女。

「巫女ティリスヴァーナ……」

石の少女は神話の中の伝説の魔法使いであり、この学園の名前の由来。

読書好きなリファリエールもよく知る人物であった。

「“その名は慈愛の処女、希望の篝火。その名は奇跡を詠む者、万物の王を屠る戦士を祈る者”」

幼い頃から読み込んだ伝説の一節をリファリエールは一人呟く。

「博識だな。関心した」

石の少女からの予期せぬ応答にリファリエールは飛び上がった。

「きゃっ!!しゃ、喋った……!?」

「石像が言葉を話す訳がないだろう」

一息置いて、リファリエールが石像の後ろを恐る恐る覗き込むと、そこに声の主は居た。

すらりとした引き締まった体躯、伸びた背筋と精悍な目付き、後頭部で結ばれた長く艶やかな漆黒の髪。

壁に寄り掛かりながらも、腕を組んで佇む姿からは隙がない印象を受ける。

「ええと、貴方は……」

少女の装いは深緑の軍服の様であり、腰には剣を履いていた。

この施設の衛兵であろうか。

「私はサナ……サナ・ラトスという。入学者だ」

しかし予想は外れた様で。

「君は?」

「リファリエール……と申します。同じく学園に入学する為に来ました」

「そうか。では、よろしくと言っておこう」

「よ、よろしくおねがいします……」

サナの硬質な声色にリファリエールはお決まりの挨拶も忘れ、どう次の言葉を繋げば良いのか分からなくなる。

噴水の大人しい水音と小鳥のさえずりを横目に、二人の少女達の間にはしばしの沈黙が流れた。

しかし、サナという人物にとって少し調子の外れた程度の会話など意に介するものではないらしく、リファリエールの瞳を一秒か二秒ほど覗き込んだ後、再び口を開いた。

「ところで、君はここで何を?入学の式典にはまだ時間があるが……巫女の像に礼拝か?」

なんとも淡白で堅い雰囲気ではあるが、おそらくこれは軍服の少女にとっての世間話なのであった。

「いえ、そういう訳ではないのですけれど……その、道に迷ってしまって」

「迷子か……しかし、残念だが私には道案内はできない」

「もしかして、サナさんも迷ってしまわれたんですか……?」

「いや、違う……一足先に校舎の中を見ておこうと思ったんだ。だが内部はなかなか複雑な造りをしていてな。そう、探索の途中といったところだ」

つまり、自身と同じような状況にあるという事だろうか。

リファリエールは言葉の途中で一瞬目線を外したサナの姿に何故だか緊張が緩むのを感じた。

「あの!わたし、珍しい生き物を追いかけていたんですが……心当たりはないでしょうか?」

黄金の光を放ち、小さく、耳が長い生き物。

あれほど美しいのにも関わらず、一冊の図鑑に載る事もない不思議な生き物。

リファリエールはサナに対して自らが迷った経緯と、その原因の特徴を挙げ列ねた。

「黄金の……分からないが、妖精の話なら耳にした事がある」

「妖精……?」

「ああ、魔樹メリーチェに宿る妖精に触れると願いが叶う……確かそんな話だ」

妖精という存在はリファリエールもよく知っていた。

自然の意思、姿ある魔力、地上に顕現した神、あるいは失われた種族。

だが、その特徴は物語や伝承ごとに様々に解釈される。

つまりは空想の存在。

「魔樹メリーチェにそんな伝説が……もしかするとあれは妖精だったのかも」

「伝説といっても都市伝説だな。それなりに有名な噂だが君の故郷では馴染みのない話か?」

「はい、王都ヴァリアルでは聞いた事のないお話です」

「ヴァリアルといえば、ロニクシア王家のお膝元。ここには本当に大陸各地から人が集まるという訳か……」

身を預けていた壁を離れ、近くに植えられていた若い樹木を何の気なしに見つめると、サナは自身の出身地等について簡単に述べてから話題を戻した。

「ただ、所詮は噂だ。信じるか信じないかは自由だが、そもそも君が見たという生き物が……」

サナが見遣った木の枝先には、小さな金色の光が座っていた。

「お、おい……!」

「あっ!あれです!あの子です!!」

黄金の妖精もとい生物は少女たちの声に驚いたのか、素早く樹木を駆け上って行く。

高い枝から壁面に軽々と飛び移りそのまま垂直に疾走、壁の上端、屋根の上へ。

妖精であろうがなかろうが、サナにとってもその生物の姿はどこか魅力的に映った。

黄金の生物が姿をくらました後、リファリエールとサナは顔を見合わせ頷き合う。

「屋根の上か。そうだな、この縄を投げ掛けて壁を登れば……」

「え!?」

とはいえ、互いに思い描いていた次の行動は全く異なった。

サナは剣と共に腰に付けていた縄を取り出していたが、自分と同じく人間の少女であろう彼女にそんな事が可能なのであろうか。

そもそも、屋根の上を行くという発想にリファリエールは静かに驚いた。

およそ登ろうという発想が出てこない高さの壁をリファリエールはおずおずと見上げる。

「……いや、やめておこうか」

しかし、サナはリファリエールの小さく華奢な姿と纏ったどこか上品な雰囲気を見て、慣れた手付きで解けた縄を巻き直した。

「よ、よかった……」

「そうなると屋内を進む事になるが、あれが向かった方角は昇降口の反対側だったな?」

「はい……校舎の裏側に向かったのでしょうか?」

「ああ、そうかもしれない。行ってみよう」

言うが早いか、サナはリファリエールが開けた扉と対面する壁に設えられた扉に手を掛けた。

既に見慣れた広い廊下にリファリエールは静かに腰を落とし、屈み込む。

手のひらを差し出して、敵意が無い事を示す。

「ほら、おいで〜」

十歩ほど離れた先の金色の生物はリファリエール達をじっと見つめている様でもあり、あるいは何も気に掛けず、ただそこに存在しているだけの様にも思えた。

「大丈夫だよ〜」

今度は手を小さく振ってみる。

だが、流れるのは沈黙。

「全く反応しないな」

「何か食べ物でもあれば良いのですけれど……」

学舎の中をどれだけ歩き回っただろうか、ようやく見つけた妖精と思しき生物。

追う側と追われる側は見つめ合い、膠着状態に陥る。

「なるほど、餌付けか。ここを探索するにあたって準備した非常食なんだが……使えるか?」

サナは上衣のポケットから包みを取り出し、それを開くと焼き固められた菓子の様な物をリファリエールに差し出した。

「ありがとうございます。試してみましょう……!」

入学する為に非常食の準備の必要性があるのだろうかと一抹の疑問は抱いたものの、リファリエールは受け取った焼き菓子を小さく割り、それを五歩先に投げてみたのであった。

「ほら、おいしいよ〜」

「おい、見ろ……!」

金色の生物は跳ねる様にしてこちらに近づくと、焼き菓子にその鼻先を付ける。

小さな生物を見守る二人に一層の静寂が訪れた。

しきりに匂いを確かめる生物。

顔を見合わせる二人。

小さな前足で焼き菓子を転がす生物。

その姿に再び視線を注ぐ二人。

「どうだ……いけるか……?」

しかし。

「あっ」

金色の生物は鼻を鳴らして焼き菓子を前足で払い除け、身を翻した。

その瞬間、サナは駆け出す。

沈黙が破れた事に気付きリファリエールもサナに続く。

「もう少しだったのに……!」

「あいつ、私の非常食じゃ不味くて食べれないというのか!?」

「そ、そういう訳ではないと思いますけれど……」

金色の生物は眼前、サナは一気に踏み込んで生物の真横に足先から滑り込んだ。

生物と目線の高さを同じくした位置から、そのまま掬い上げる様にして掴みかかる。

だが、金の軌跡を残して華麗に飛び上がる。

「こいつ……!」

片手を付いて体を立て起こし、勢いを殺さぬままサナは再び走り出した。

この機会を逃すまい。

満ちていた静寂を搔き消しながら、赤と緑の二人の少女の影は学舎を駆け抜けていく。

右へ、右へ、今度は左へ。

廊下を抜けると、幾つもの絵画が規則正しく並べられ、高い天井から豪奢な魔力灯が吊り下げられた広い空間が目の前に広がった。

その空間はまるで宮殿の広間のようであったが、それらの煌びやかさに二人は目もくれない。

「ま、待って……!」

「気合いだ!妖精を捕まえるんだろう!?」

さながら教官と訓練兵である。

顔色一つ変えずに黄金の生物を追い立てるサナとは対照的に、リファリエールの息は絶え絶えであった。

「待てっ!」

遂に立ち止まったリファリエールの気配を確認すると、サナは前のめりになって一気に石造りの床を蹴った。

高い天井を支える柱の陰へと回り込んだ黄金の光。

その動きに沿って艶やかな黒髪の揺れも曲線を描く。

膝に手をつき呼吸を整えるリファリエールは、機敏に金色の生物を追い掛けるサナの姿に美しさすら感じた。

獣人の中には同じ動きをする者もいるだろうが間違える筈もない、目の前の少女は人間であり、王女は世界の広さを感じた。

「くっ……!この!!」

だが、輝く生物は壁を駆け上ると魔力灯に飛び移って、その壮麗な装飾の裏へと姿を隠してしまった。

「あと一歩だったんだが……」

サナは恨めしげに煌びやかな魔力灯を見つめていたが、いよいよ金色の光が顔を見せないと悟ると、息を吐き、乱れた前髪を整えるのであった。

「……でも……サナさんすごいです……」

未だ整い切らない息でリファリエールはサナを見上げた。

「幼い頃から鍛えているからな……それより、大丈夫か?」

「ごめんなさい……大丈夫です……こんなに走ったのは生まれて初めてで……」

サナはリファリエールが落ち着くのをしばし待つ事にした。

走っている最中は気にしていなかった、壁に掛けられた絵画達をサナは順々に眺めていた。高い技術で描かれている様に思えたが、そのいずれもが生物を題材にしたものであった。

長く鋭い顎を持った巨大な虫、尾羽の麗しさを主張する燃える鳥、猛々しく遠吠えする角を有した白銀の獣。

「……生き物、好きなんですか?」

ようやく落ち着いた呼吸を取り戻したリファリエールは、腕を組んで絵画に見入るサナの横に並んだ。

「特段好きという訳でもないが……ただ、私の故郷や大陸中央では見慣れない生物の絵が多いと思ってな」

リファリエールもサナが眺めたのと同じ順で絵画を見ていった。

「剣顎虫ビクファナ……揺灯鳥シャプルスタン……銀角獣デルキオ……」

題名が表されているわけでもない絵画の中の生物の名を小さく呟いているリファリエールにサナはつい視線を向けてしまう。

「あ、ここにある絵画……全部、今は存在しない生き物かもしれません」

「そうなのか?しかし詳しいな……魔導生物学者が志望か?」

「いえ、わたしはその、ただ本を読むのが好きなだけで……!」

サナと一瞬だけ目線を交えるも、硬質な声の褒め言葉にリファリエールは咄嗟に額縁に囲われた角の獣の瞳と目を合わせた。

「いや、本当に博識だと思う。しかし、君が知らないとなると本当にあれは妖精だったのかもしれないな」

今となっては、正体が分からない金色の光に二人は想いを馳せる。

「あの、もし妖精が本物だったら……妖精に願い事を叶えてもらえるならサナさんは何をお願いしますか?」

並ぶ絵画を見つめつつ、歩き出したと同時にリファリエールは問いかけた。

「そうだな……いや、願いはない。私にとって目的は自分の手で達するものだから」

青緑色の巨大な鳥の絵を見つめるサナの横顔にリファリエールは思わず微笑んでしまう。

「何かおかしな事を言ったか……?君はどうなんだ?」

「いえ、おかしな事なんてないです。ただ、サナさんの考えはすごく素敵だなって……だから、わたしも願いはありません」

鉄の皮の獣、首の長い獣、棘の鱗の獣。

歩みを進めつつ、絵画の表面を次々に渡ってきたサナの瞳がリファリエールを捉える。

「そうか……話は変わるが、どうか呼び捨てて欲しい。その、あれだ。私個人に身分があるわけではないし、歳も君と私でそう変わらないだろう」

しかして、その視線を逸らしたサナにリファリエールは改めて呼びかけた。

「う、うん。じゃあ、改めましてこれからよろしくね、サナ」

「改めてよろしく頼むリーファリ……すまない、ロニクシア語の名は私にはどうにも難しく……」

「リファリエール。でも、リファでいいよ。友達がそう呼んでくれるんだ」

「ああ、分かった。よろしく、リファ」

リファはサナに微笑みかけると、何の気なく幾つか前に見た、角の獣に目線を合わせた。

「え?」

合ってしまったのだ、目線が。

先程、角の獣と目が合った時とは立っている場所も、角度も違う筈であった。

「い、今、目が……絵が動いた……?」

リファリエールの細い指先が指し示した一枚をサナも見遣る。

「絵画が動く訳がないだ……」

青白い光を纏って、それは顔を覗かせた。

額から伸びた長い一本の角、煌めく鋭い牙。

頭が潜り抜け終わると、しなやかな胴体と四肢、そして尻尾が続いた。

それは音もなく廊下に着地する。

絵の中の角を生やした獣は、額縁をすり抜け、二人の前に這い出たのであった。

「で……」

「で………」

「出たああああっ!!」

二人は叫ぶと同時に、来た道に向かって駆け出す。

右へ、左へ、右へ、今度も右へ。

何度目かの廊下の曲がり角、サナが後ろを振り返ると角の獣は依然として自分達と距離を保ちつつ、足音の無い走りを見せていた。

「リファ!あの生き物はなんだ?いや、生き物か!?」

「た、多分、銀角獣デルキオ……図鑑では百年前に絶滅したって……!」

獣の姿はどうにも絵画の中とは大きく異なっていた。

全身は魔力灯よろしく青白く光っていて、揺らめくその輪郭は曖昧。

「ではまさか、絶滅した生物の亡霊……!?」

古城や廃村にはありがちな噂話であったが、それどころではなく。

「な、なんで追いかけてっ……」

まさに狩りの光景であった。

疲れを見せ始めたリファリエールに青白く光る獣は飛びかかるべく、その後脚を折り畳む。「危ないっ!」

サナは急激に足を止めると、未だ勢いを保ったままのリファリエールの前に立った。

つんのめり、倒れ込んだ華奢な体を抱き止めつつ、来た道の方へと飛び込んだ。

その直上を入れ違う様に跳び抜ける魔力の獣。

サナの肩越しにリファリエールの頬に魔力を孕んだ颶風が掠めた。

「あ……ありがとう……!」

「とにかく走るぞ!」

急いでリファリエールの腕を掴んで引き起こすと、サナは目に入った扉を目掛けて走り出す。

そして施錠されていない事を祈り、サナはその取っ手を捻りながら扉に体当たりした。

部屋に転がり込み、リファリエールも続いた事を確認すると勢いよく扉を閉める。

扉を引っ掻く爪の音。

だが、しばらくすると魔力の獣の気配は消えたのであった。

「ひとまず行ったか……まさか亡霊が出てくるとはな……」

「ど、どうなるかと……あんなの初めて見た……」

互いに聞こえそうな心音のまま、二人はそれぞれひとまずの安堵の言葉を呟く。

「それにしても」

「暗いね……」

咄嗟に入り込んだ部屋は日中である事を忘れさせる程に暗かった。

扉の隙間から射し込む僅かな光の他には部屋を照らす明かりはなく、二人にとって視界は無いに等しい。

「きゃっ!」

リファリエールの声が暗闇に響いた。

「おい!どうした!?」

「わ、わ……!?何かが手に絡みついて……!!」

何かに両腕を掴み上げられ、リファリエールの爪先は床から離れた。

「えっ!?な、何これ……身体が浮いてる!?」

「待っていろ!どこかに魔力灯がある筈……」

サナは手探りで照明器具を見つけようと、闇の中に手を伸ばす。

不自然なほどの暗さに、焦った手は空振り、空を切る。

「どこだ……ここか!」

しかし、掌にひんやりとした金属を感じ取ったサナは、それを戸を叩く様にして二度響かせた。

暗闇の中の金属製の物体に与えた振動はそこに繋がれた魔導鉱石に伝わり、白い光を放つ。部屋に満ちていた闇は隅に追いやられ、その代わりにリファリエールを掴み上げている何かの影をはっきりと浮き上がらせていく。

閉め切られた部屋の中央に鎮座するそれは、巨大な植物の様であった。

蠢く奇怪な根茎から幾つもの蔓を伸ばし、その内の一本がリファリエールを縛り上げる様にしている。

「今度は根っこの怪物……!?リファ、大丈夫か!?」

「た、食べられちゃうかも!!どうしよう……!?」

宙に浮かび、混乱したリファリエールが半泣きで空を蹴るも虚しく、繋がった蔓がただ小さく揺れるだけであった。

「落ち着け!今、助ける……!」

まるで不気味な人面の様に弛んだ根茎をひと睨みして、サナは腰に携えた剣の柄に手を掛け、引き抜いた。

煌めく白の刀身に緑の蔓が映り込むと、縦に一振り。

殴り付ける様にサナに迫った太い蔓にリファリエールが目を瞑り、再び開くと床には綺麗に裁断された植物の切れ端が転がっていた。

一本、二本、三本。

サナは次々に襲い掛かる蔓を見事に切り落としていく。

摺り足で徐々にリファリエールに繋がる一本へと近づき、サナは剣を振り上げた。

「わっ!」

腕に絡みついた蔓の力が抜け、するりとリファリエールは床面に降り立つ。

「た、助かった!?ありがとう、サナ!」

「だが、これを何とかしなければ……!」

サナはリファリエールの前に立つと、迫り来る緑を斬り伏せていくが、しかし無秩序に暴れ狂う蔓はまだ数えきれないほどである。

回転を加えて根茎に勢いよく斬りかかると、刃は沈む様に食い込む。

根茎を足蹴にして剣を引き抜くと、魔力を溜め込んだ植物の液汁が飛び散った。

襲いくる蔓とそれを切り捨てるサナ。

状況は並行線を辿っていたが、サナが剣を振るうのを止めれば、二人揃って植物の怪物の餌食になるだろう。

どうにかしなければ。

リファリエールは部屋の入り口を一瞥するが、廊下に出れば先程の獣とまた鉢合わせるかもしれない。

「植物が相手では……!」

そして、弾性に富んだ蔓に刃が触れる毎に、サナの動きに疲労が見え隠れし始めていた。

独特の青臭さが立ち込め、蔓から、根茎から漏れ出した魔力が部屋に満ちる。

「あ、あの!わたしに考えが……!」

リファリエールの脳裏によぎったその行動は、幼い頃に何度も想像した自身の姿であった。そう、その為にここへ来たのだ。

リファリエールは意を決する。

「わたしが魔術を……魔術を使ってみます!」

「魔術の心得が!?」

「あの、出来るかわからないけど……」

「やるしかないだろう!私は……私はどうすればいい?」

「わたしが魔法言語を詠んでいる間……十、いえ二十秒の間わたしを守ってください」

赤の魔導服に迫る緑を叩き落とす白い剣戟。

「分かった、私を信じろ」

リファリエールは、どこか動きに鋭さを取り戻したサナの背中に頷くと、大きく息を吸って、吐き出した。

手をかざして、その先の対象にしかと視線を結ぶ。

瞳を閉じ、しかしその先の光景は見据えたままが如く。

部屋に満ちた魔力を見えざる手で掴み上げる様に。

思考と感情を束ねて、祈りに形を与える。

薄く眼を開き、見えた世界を穿つべく、唇で力ある言葉を紡いでいく。

「”火竜の名をもって詠じる 滾る血脈よ 燃え立ち その爪を立てよ”」

リファリエールの魔法言語による詠唱に応えるかの様に、部屋に満ちる空気が揺らめき、次の一瞬。

熱せられた大気を伝播するように、蔓の切れ端から立ち上った魔力が弾けて発火。

奔る閃光。

瞬きする間もなく、それは巨大な根茎へと燃え移り、巨大な火柱へと姿を変えた。

「や、やったか……!?」

「成功……した……?」

燃え上がった巨大な植物はそれ以降、動く事は無かった。

植物の怪物に纏わり付いた赤々とした炎は猛り狂い、その大きさを増していく。

根茎に内包した魔力が油の如く魔法の火を急速に育て、無数の蔓が黒く焼け落ちる度に、部屋の温度も高まっていった。

「あ、ああ。だが……」

「どうしよう……ひょっとして、これ大変な事になったんじゃ……」

炭になり行く根茎から炎が噴き上がった。

「お、おい、このままじゃ燃え広がるぞ!そうだリファ、水の魔術だ!」

「で、できない……!わたし、火の魔術しか……!」

怪物の様に立ち上る炎に二人の少女は後退りするばかりである。

「そこの二人!ここで何をしている!?」

しかし、高まった部屋の空気を切り裂く様にして玲瓏たる声が響いた。

その美声に少女達が振り向くと、開け放たれた扉の先には声に違わぬ黒衣の美女が立っていた。

陽炎の先の人物は人間か魔族か、しかしどこにでも居る姿と言うにはあまりにも美しい人物の様に見える。

美女がぱちんと指を鳴らすと、魔術だろうか、たちまち部屋の炎は鎮火した。

一瞬で消えた炎に理解が及ばず、少女達は目を丸くして黒衣の美女を見つめた。

「惚けていないで質問に答えなさい。屋内でこんな魔法……何をしていた?」

「ご、ごめんなさい!!ええと、妖精を追っていて、そうしたら絵の亡霊に襲われて、逃げ込んだら今度は植物の怪物がいて……それで、ええと」

「ああ、その、私達は新入生であって決して怪しい者では」

黒衣の美女は嘆息すると、部屋に踏み入る。

どこか憂いを帯びたごくごく普通の所作にリファリエールは思わず息を飲んだ。

「とんだ新入生が来たものだ。まあいい、このボヤ騒ぎは不問にしてやるが……」

美女は二人の正面に立つと、両方の掌を握って見せる。

「いたっ!」

「痛っ!」

そして、それを少女達の頭頂部にそれぞれ見舞った。

「魔法には危険が伴うという事を覚えておくように」

生まれて初めての拳骨の痛みに頭をさすりつつも、あの炎の中、もしこの人物が現れなかったらと考えるとリファリエールは 肝を冷やした。

「は、はい……」

「わ、分かった……貴方は?」

「学園関係者、一応は君達の先生……もうすぐ入学の式典が始まる。付いて来なさい」

踊り子も感服する様な華麗な動きで踵を返した女に二人の少女も続くのであった。

厳かな雰囲気であった神殿のごとき講堂に段々と賑やかさが舞い込んでくる。

石柱の間に見える、いくつもの扉それぞれから人がぞろぞろと。

声が一つ、また一つと増えるたびに静けさを湛えた空気が押し出され、広い空間を満たしていた歴史の重みや神秘性は、若い高揚感と取って代わる。

リファ リエールは他の新入生の頭を一つずつ確認していく。

その内の一つ、橙の髪から黒褐色の角を生やした人物を見つけ、手を振る。

「あっ!居たっ!リファ、居なくなっちゃったから心配したよ。でも会えて良かった」

「ごめんね、ミージュ。金色に光る生き物が居て、それを追いかけてたら迷子になっちゃって……」

「光る生き物?不思議だね。あ、ひょっとしたら魔樹の妖精だったりして?」

「その噂、ミージュも知ってるの?」

リファリエールは傍に立つサナの顔を覗き込んだ。

「言っただろう、大陸中央部では有名な話だと。それより、友達か?」

サナがミージュの夕焼け色の瞳を見つめると、ミージュは溌剌とした笑顔を浮かべた。

「私はミージュ。よろしくね!」

「ああ、よろしく。サナ・ラトスだ。サナと呼んでくれ」

リファリエールはこの街で初めての友人と二人目の友人が挨拶を交わす姿に何故だか嬉しくなった。

そして、周りを見渡せば、他の新入生達も自分達の様に初対面の挨拶を交わす者も少なくはなく、そんな光景はいよいよ新しい日常の始まりを実感させた。

そして。

「静粛に、静粛に」

講堂の広い空間に先程聞いたばかりの玲瓏たる声が響き渡った。

そのよく通る声に数多の談笑は途端に止み、若者たちはその美しい音の在り処を探す様に講堂の正面に据えられた演壇に視線を注ぐ。

そして先ほどの黒衣の美女は自身への注目を確かめると続けて言葉を紡ぎ始めた。

「まずは入学おめでとう。これから学園長からの挨拶がある。それを以って式典とさせて頂きたい。静聴願う」

一言述べると美女は黒衣を翻し、若者たちの視線ごと壇上を後にした。

「あの綺麗な人、たまにうちのお店に来るよ。学園の人だったんだ……」

「え!?本当に?」

「二人とも、始まるぞ」

囁き声の言葉が往復しない内に少女達は口をつぐんだ。

黒衣の女と入れ替わる様にして現れた人物は、宵の空の様な紫の外套を揺らして歩む。

手には身の丈よりもある杖、首には貴金属の魔導器。

その全身は茶と白金の絹糸の様な被毛に覆われ、一際大きな耳は上を向いていた。

そして、その背丈はリファリエールの膝下ほどの高さであった。

年齢も性別も不詳であるし、いずれにせよ偉大な魔法使いなのだろう。

だからこそ、そう思う事すら失礼にあたるとも考えたが、それでも。

やはり少女達にとって弾む様に歩く彼の姿はとにかく可愛らしく映った。

あまりに小さな体躯の彼が、いかに高い演壇に登るのか新入生達は無言で見守る。

しかして、小さな大魔法使いはまるでそこに段差があるかの様に見えない階段を登ってみせた。

「ねえリファ、何あれ!?魔法?」

「う、うん。魔法だとは思うけれど……」

魔法言語を呟く事なく、杖を振るでもなく、何事もなく。

「あんな当たり前みたいに空中を歩くなんて……すごい」

サナも、他の誰もが同じように驚きの表情を浮かべていた。

ざわめきが静まり、透明の階段を登りきって壇上に立った学園長はその小さな口を開く。

「皆様、入学おめでとう……ティリスヴァーナ魔法学園へようこそ。魔法学会会長、そして学園長のキルウェ・ノルクレインです」

高い声調でありながら、どこか重く落ち着いた不可思議なキルウェと名乗った魔法使いの声に新入生達は耳を傾ける。

「さて……ここに来たという事は、君達は魔術であれ魔導であれ、あるいは別の知識であれ、何かしらの魔法を求めている事だと思います」

そういう訳でもないけどね。と心の内で呟くミージュであったが、しかし妙に話の続きは聞きたくなってしまう。

「そして、君達がそれを学ぶ為の、君達が君達の目的を果たす為の環境を我々は用意しているとここに宣言しましょう。だからこそ、まず最初に君達は魔法がいかなる物かを学ばなければならない」

小さな学園長から放たれた力強い言葉を受け、サナは彼の目線を捉えようとした。

「魔法とは何か?……魔法とは奇跡、魔法とは脅威、魔法とは神学、魔法とは日常……あるいは真理がどうあろうとも、君達は君達の中にその問いへの答えを見出さなければいけない……何故ならば、魔法は大いなる力であるから。そう、例えば魔術士の言葉には姿が伴う様に」

小さな大魔法使いは宝石のはめ込まれた木の杖を振り上げ、目を瞑る。

深呼吸した後、ゆっくりとその両眼を開いた。

『“暗澹たる風 霞の檻 吹き荒び 幾重に逆巻け”』

決して会話に使われる事のないその言葉に大気が揺らぐ。

「リファ!な、何これっ!?これも魔法……!?」

「そ、そうだと思うけれど……!!」

それは大魔法使いキルウェによる魔法言語による魔術詠唱であった。

閉じきった空間に突如吹き荒れた風が渦となり高い天井に登りゆく。

巻き上がる風に雨の匂いが混ざったかと思うと、湿った空気はやがて霞へと変わり講堂を満たしていく。

いつしか霞は外界の光を遮り、広い空間を闇の中に落とした。

「少し神話を語りましょう」

キルウェのその言葉に呼応するかの様に、暗黒の空が剥がれ落ち、講堂が黄昏の色に染め上げられると、新入生達のざわめきが大きくなった。

聴衆に背を向け、杖を横一閃。

「はじまりの時、この世界は四つの神々によって与えられた」

壇上に激しく湧き出た水は女の姿に。

「一つの神は世界の源と契約し」

敷石が隆起して出来た輝く大岩は城の形に。

「一つの神は世界に大地を浮かべ」

霞を孕んで逆巻いた風は巨大な鳥に。

「一つの神は空を創り」

噴き上がった炎は翼竜に。

「一つの神は世界を浄化した」

非現実の光景に殆どの若者達はただただ呆然と立ち尽くす。

「しかし、世界は大いなる力の前に混沌を迎える」

魔法で形作られた神々の像の輪郭が崩れると黄昏の光も失われ、また世界を闇が支配する。「闇に飲まれた世界を嘆いたのは一人の魔法使い。彼女の魔法は奇跡の戦士を呼び起こし、世界に再びの光を齎した」

新入生達の頭上に生まれたのは闇を払う眩い光。

「その魔法使いの名は巫女ティリスヴァーナ。我が学園が頂く名です」

星夜のごとく降り注ぐ光を瞳に映し、リファリエールは自身の心に何かが灯るのを感じた。

「願わくば、彼女の様に。改めて歓迎します……若き魔法使い達!!」